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宇宙系大学院生の戯言

理想の人生、自分にとっての幸せとは

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なぜこのテーマにしたのか

テーマを考えているとき、Twitter上の知り合いにリクエストしてもらったという理由が1つ。

そしてもう1つ、自分自身もこのテーマを書き出してみることによって、思考を整理してみたいと思ったからです。それぐらいの理由です。

理想の人生について

ちょっと場合分けしてみたいと思います。

制限がない場合

理想の人生とは。これって難しいですね。

まず言えるのは、人それぞれってことですね。

それを踏まえて、自分にとっての理想の人生ってなんだろうと考えると、結論から言えば『死なない、病気にならない、老いない、できないことがない、宇宙のどこへでも行ける、すべての事柄を一瞬で理解できる、毎日楽しい人生』ですかね。

はい、無理です。絶対に死にますし老います。病気は分かりませんが老化により誰でも慢性炎症というのにはなるみたいです。この慢性炎症は万病の元らしいので、気になる方はググってください。

しかし、「可能な範囲で考える」なんて言ってませんよね。可能な範囲で考える理想の人生に意味はあるんでしょうか?当然あるでしょう(笑)ただ、一度思考のリミッターを外して考えてみたかっただけです。こんな理想の人生は紀元前にも考えていた人はいるでしょう。不老不死というとハリーポッターと賢者の石を思い出しますね。

制限がある場合

一般的な制限(死、老化、経済的制限など)がある場合で言うと、アルベルト・アインシュタインのようになることですかね。これも実現可能性は非常に低いですが。ジェームズ・クラーク・マクスウェルも憧れます。電磁気学のあの4つの公式は本当に美しいしマクスウェル天才すぎます。

言い方を変えると、この世界の真理をどんどん切り開いていく。そして人類の生活に良い変化を与える。そういう人生が理想ですね。これも無理そうですけど。

一般的によく言われるような、可愛い奥さんをもらうとか、一流企業に入ったり医者になったりしてお金持ちになるとか、美味しいものを食べるとか、結局僕は満足できないと思うんですよ。医者は儲かるしモテるという部分では羨ましいですが、仕事内容として考えると、教科書通り、決まりの通りやらないといけないのでつまらない職業です。山中伸弥教授のような研究医は憧れますけどね。創造性を活かせる仕事はいいなと思います。

それに、可愛い奥さんもお金も欲しいですよ。でもそれだけでは全然、1ヶ月くらいしか満足できないと思います。。

好きなことをする

思えば、小さい頃から宇宙には興味がありました。「重力ってなんであるんだろう。何も見えないのに物が落ちるのはなんで?弱くなったり強くなったりしなないでいつも一定なのはなぜだろう??」という思いを小学生のときから持っていまいた。今では重力波が受かって、ヒッグス粒子も発見されて、重力についての研究が少しずつ進んでいますね。非常に興味深いです。

僕の親は2人とも大学に行っていないので、自己評価というか自分の可能性を無意識に狭めていた気がします。妹は高校偏差値50くらいでしたし。劣等感の塊です。ほんと、全然才能のない人間です。

しかし、やりたいと思うことはやっていこうと思っています。それは宇宙の研究です。先人の天才たちが築いてきた現代科学を発展させることに労力を費やしたいなと思っています。

よく、『それは何の役に立つんですか?』と聞く人がいますが、そんなの分かりませんよね。10年先や20年先に役立つかどうかなんて分からないです。100年後かもしれないわけですよ。

1905年は物理学にとって奇跡の年と言われていますね。アインシュタインが、「光量子仮説」「ブラウン運動の理論」「特殊相対性理論」の3つの論文を発表した年です。それから100年以上経っていますが、アインシュタインの理論によって今でも人類に影響を与えているのは自明です。

まあ、好きなことをやって生きていくというのは理想です。それなりに認められていかないといけないですが。

自分にとっての幸せとは

幸せって何なんでしょう。

すべてが思い通りにいくことでしょうか?違う気もします。ヒトラーはだいぶ思い通りに人を動かし、社会を動かし、ユダヤ人を好きなように虐殺したでしょう。あんな大量に人間を虐殺できるなんて、ある意味すごいです。そういう権力を思う存分行使しなければ決してできません。

しかしすべてが思い通りにいくことが違うとするならば、上で考えた「理想の人生」の通りの人生を送るのは幸せではないということになります。

理論的には出なそうなので、実体験から考えてみます。

自分が幸福感を感じた実体験リスト(今すぐに思い出せる限り)

  • 家族でディズニーランドに行った体験
  • 部活動及びその帰り道
  • 高校生のとき彼女とそれなりに楽しく過ごした体験
  • 就活がすんなり決まった体験
  • 大学院に合格した体験 (時系列)

こうして見ると、"勝利体験"と"ほんわか体験"の両方があるように思います。ほんわか、いいですね。勝利体験を幸福と考えるあたり、プライドが高いのかなと思いますね。

というか人の幸せについて言及できなくて、自分ほんとカスだなと思いますね。他人の幸せが自分の幸せって、あるんでしょうか?

あ、"子供の成功"はナシですよ。子供が高学歴とか高給取りとか。結果的に自分を盛り上げてるのと一緒なんで。"子供と過ごすのが幸せ"はOKです。でもそれも結局人の幸せについてじゃないですよね。まあ、言及するまでもなく当然なんですけど。でも『~が幸せそうにしているのが私の幸せです』とか言ってみたいです。ほんとに。<br

欲求と幸せ

少し一般的な幸せについて考えてみます。

世界幸福度調査によると、先進国の幸福度は低いようです。

www.huffingtonpost.jp

この記事によると、日本のランキングは68ヶ国中28位。よく言われるGDPが世界3位なのを加味して考えると低いように思います。

ただ、「日本人は謙遜する文化があるから、自分が幸せでもあまりそれを言わない。だから実際よりも幸福度が低く結果が出ているだろう」と言っている学者がいたりしますね。

また、欲求を満たすことが幸せと考える人は非常に多いと思います。 これは3大欲求にとどまりません。

マズローの欲求5段階説 f:id:nariagarix:20161117124454g:plain

(http://www.motivation-up.com/motivation/maslow.htmlより引用)

この有名なマズローの欲求5段階説によると、3大欲求のようなものを満たしたら次のステップへ、それを満たしたらさらに次のステップへ。最後は『自己実現欲求』だ!ドヤ!!

という理論です。ただこれは『欲求』についてなので、幸せについての論議じゃないんですよね。

結局は健康と人間関係らしい

そこで、ハーバード大学が75年間にわたって研究した(らしい)結果によって分かったことは、

  • 老年における幸福と健康、そして暖かな人間関係の3つの持つ強い相関関係
  • 人生において人間関係が最も重要な要素である gigazine.net

だそうです。なんか、アドラー心理学がどんぴしゃな感じですね。アドラー心理学では「すべての悩みの源は人間関係である」と考えられているので、似てるなあと。

ハーバード大学の研究結果を鵜呑みにすると、『健康で暖かな人間関係を築くことこそ幸せである』ということになりますよね。まあたしかにそうでしょう。きっとそうなのでしょう。

だとしたら、もしこの地球上の人間が自分1人だったらという仮定をしてみたいと思うんですよ。隕石が落ちて、本当に奇跡的に、ものすごい確率ではありますが、僕だけ生き残ったと。そのときたまたま僕だけものすごく深く地下にもぐって探検していたとかで。

その場合の自分にとっての幸せってなんだろうと。その場合きっと僕の身体だと40年くらいで死ぬでしょう。怪我しまくりそうだし、いろんな細菌やウイルスがありそうだし。食べ物もしょぼいだろうし。今の平均寿命ほど生きるのはきっと不可能でしょう。

そして、『暖かな人間関係』を築くまでもない。だって他の人間がいないんですから。その場合、動植物と戯れるんでしょう。きっと攻撃されることもありますね。

現状を肯定する

この場合の幸せってなんでしょうね。そもそも『幸せってなんだろう』とか考えることもないでしょう。

というか、まず食欲を満たすために頑張ることになりますね。するとマズローの欲求5段階説が脚光を浴びることになります。アフリカの貧しい人々などは『幸せってなんだろう』の前に『食べたい』『痛いの嫌だ』『重い物運ぶの辛い、疲れた』という感情が一生つきまとうんでしょう。こういうことを考えると、先進国に生まれて、幸せだなあと思えるんですよ。

そういえば、高校生のときまで、よく親父に『日本に生まれてよかったねえ。平和だし、食べ物には困らないし』とよく言われたものです。合計100回は言われているんじゃないでしょうか。僕は何当たり前のこと言ってるんだ、うるさいなあと思ったりしたんですが、この考え方ってかなり大事なんじゃないかと思うんです。

要するに、“今の状況を肯定する"ことができる人が幸せなんじゃないかと。だって完璧なんて無理ですよね。自分の理想の状態になったって、どうせ馬の前にニンジンがぶらさがっているのと同じでいつまでも理想が前にいっちゃうわけじゃないですか。

競争に勝ったって、上には上がいるわけです。しかもいくらIQが高くても年をとればいずれ必ず落ちていきます。

スポーツ選手のピークも必ず過ぎます。ピークが永遠に繰り返し来るわけではありません。フェデラーがもう一度ウィンブルドンを5連覇するなんてことは起きないんですよ。きっと。

数字も、無限大は存在しても天井は無いわけです。無限ですから。

しかし、すごく貧乏な家に生まれたり、愛情の全然ない親の元に生まれたりして、『こんな状態を肯定できるわけねーだろ◯ね」という人もたくさんいるでしょう。僕はそういう人の出生に比べればたしかに恵まれているでしょう。生まれる親、場所、年月は絶対に選べません。

もっと言えば、生まれながらに運命は決まっていると思います。こんな話をしているとカオス理論が思い浮かびますが、生まれたときの状況設定で全ては決まると思うんですよね。だって結局は素粒子の動きなわけじゃないですか。僕らの思考も、行動も言動も、すべては。

スーパーコンピュータを使っても計算しきれないだろうし、ましてや今現在の数値設定すらできないから計算なんてできるわけもないんですが、すべては決まっていると思うんですよ。

でもここで重要なのは、“どう決まっているかは決して分からない”ということだと思うんですよね。未来はどうなるか誰にも分からないし、文字通り無限の可能性があるから、自分を信じて自分の行きたい方向に進んでいく。自分が良いと思うことをする。

勝てないとつまらない

まあ、ただ、自分がやりたいこと、好きなことをやっていれば幸せかというと、そうではないですよね。
好きなことをやっているのに幸せじゃない人はそれこそたくさんいると思います。それはなぜなんだろう、と考えました。

それで幸せになれない人はきっと勝てないとつまらない、満足感を得られないんですよね。

ここでの「勝つ」の定義は、「その人が他人より勝っていると思っている状態」です。心理的な問題だと思います。年収、職業、才能、学力、偏差値、家系、ルックスなどなど。それに、「どの程度勝っていれば、どれくらい上位にいれば勝っていると思えるか」は人によって違うでしょう。

塾講師や家庭教師を経験して思ったのは、「勉強が好き」と「勉強できる」は違うけれども、「好きだからできるようになる」あるいは「できるから好きになる」ということはよくあることですが、どちらでもない場合にどうすればいいかが非常に難しいなということです。まあ勉強の場合は教育システム上ある程度役立つことが決定しているため、好きでなくてもやらせることで多少のメリットが発生するし、それだからこそ子供を塾に通わせる親がとても多いわけですが、勉強にやる気がない上に勉強内容を全然理解していない生徒に勉強させて成績を上げるのは非常に難しいことです。世の先生方、お疲れ様です。

話を戻すと、この「好き」と「できる」のどちらが先になるかはそのときそのときで違いますが、人間の能力はこの相互作用によって開発されるんだと思います。

また、人間は「できない」けど「好き」なことにも挑戦したがります。
すると、もともとできる人にはなかなか勝てない。勝てないとつまらなくなってしまいます。ゲームも同じですね。ちなみに僕はこういうタイプです。勝つのが難しいゲームが嫌いです。

いろんな分野で活動している人がいますね。会社員、自営業、公務員、研究者、医者、弁護士、芸能人、政治家、、

人に勝てないと満足感を得られない人は、たとえ好きなことをしても簡単には勝てないので満足感を得られないですよね。したがってその内容からは幸せを感じられない。すると自分探しの旅に出たりするんですよね。それで本当の自分を探せた人はいいですが。

そうなると、得意なことをやるか好きなことをするものの人よりその分野で成功が少なくても満足できるような価値観設定にするしかないですよね。

すべては自分の解釈と努力次第だと思います。もし、今の環境で幸せになるのが無理だと思うならその環境から逃げて別の環境に移ればいいと思います。
そして、ある程度好きなことをしていても幸せだと思えなかったら、それは自分の解釈に問題があるか、努力不足か、実はそれは好きなことではなかったか。そうやってもがいていくしかないんじゃないでしょうか。幸せなんて所詮、脳内分泌物質の仕業です。自分を幸せにできるのは自分だけです。

こんな感じでしょうか。